大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所八日市場支部 昭和48年(ワ)126号 判決

原告 野口保子

原告 野口智美

右法定代理人親権者母 野口保子

右原告両名訴訟代理人弁護士 高橋正雄

被告 本間和雄

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 大塚喜一

主文

被告らは、各自、原告野口保子に対し金九五八万二、四〇八円、同野口智美に対し金一、四五八万二、八六九円およびこれらに対する昭和四八年二月一三日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告らは、各自、原告らに対し、金二、九五〇万七、四七七円およびこれらに対する昭和四八年二月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに第一項について仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  亡野口高明(以下、亡高明という)は、千葉県銚子市所在の株式会社池畑組千葉営業所工事担当係長の職にあったものであるが、昭和四八年二月一三日、同市川口町に居住する同社千葉営業所長三浦三郎宅において、ショウサイフグを喫食したところ、該フグの卵巣に含まれていたフグ毒により呼吸筋麻痺を起し、同日午後一一時一六分、同市東町医療法人積仁会島田病院において呼吸麻痺により中毒死した。

(二)  亡高明が喫食したフグは、三浦三郎の妻ふみゑが、右同日、被告三浦邦松、同三浦健一の共同経営にかかる鮮魚商「三浦丸」で従業員の被告本間和雄から調理をしてもらって購入したものである。

(三)  被告本間和雄は、食品販売業に従事するものとして、フグを調理販売するについて、売却するフグが有毒なものか無毒なものであるかを調査確認してからこれを販売すべき注意義務があるのに、これを怠り、猛毒を含む卵巣を除去しないで前記三浦ふみゑに販売した過失によって、これを喫食した亡高明を死亡させるに至ったものであるから、同被告は不法行為者として本件中毒事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

被告三浦邦松、同三浦健一の両名は、肩書住所地所在の鮮魚商「三浦丸」の共同経営者として、その被用者である被告本間和雄が同店の鮮魚の販売について加えた損害を賠償する義務がある。

(四)  本件中毒事故によって生じた損害は次のとおりである。

(1) 亡高明の逸失利益 二、〇〇四万三、五八三円

亡高明は、死亡当時三一才の健康な男子で、前記職場に勤務し、月額八万四、一〇〇円の給与と年額三三万円の賞与を受けていたから、その年収は合計一三三万九、二〇〇円であった。そして、同人の生活費を月額二万四、五三〇円(総理府統計局昭和四六年版日本統計年鑑によって認められる昭和四五年全国世帯における一世帯あたりの一ヵ月平均支出額を世帯員数で割った金額)とすると、年間の生活費は合計二九万四、三六〇円となるから、これを前記年収から控除した一〇四万四、八四〇円が同人の年間純収入となる。

ところで、亡高明は六四才までの三三年は就労して、その間、少なくとも右と同額程度の収入を得るはずであった。よって、右期間の純収入の現在額をホフマン式計算法(係数一九・一八三四)により求めると二、〇〇四万三、五八三円となる。

(2) 治療費            七、七〇〇円

本件中毒事故のため亡高明は前記島田病院において応急手当を受けたので、原告らは、その治療費等として七、七〇〇円を支出し、これと同額の損害を蒙った。

(3) 交通費         三七万三、九九〇円

本件中毒事故による亡高明の死亡に伴い、同人の近親者が熊本県玉名市から、原告野口保子の近親者が福岡県北九州市からそれぞれ葬儀参列等のため千葉県銚子市まで赴き、交通費として三七万三、九九〇円を支出し、これと同額の損害を生じた。

(4) 通信費          三万六、五六〇円

本件中毒事故の発生に伴い、亡高明の近親者が九州から銚子市まで問合わせのため電話し、その料金として三万六、五六〇円を支払い、これと同額の損害を生じた。

(5) 葬儀費用        五四万五、六四四円

亡高明の親族である原告らは、銚子市および高明の実家である熊本県玉名市で葬儀を行い、その費用として合計五四万五、六四四円を支出し、これと同額の損害を蒙った。

(6) 慰謝料             六〇〇万円

亡高明は一家の支柱として働いていたものであり、原告らは、亡高明の不慮の死に遭い、落胆と悲嘆のどん底に突き落され、その精神的苦痛は大なるものがある。しかも、被告らは損害の賠償に応じないばかりか、亡高明の告別式にも参列しなかったものである。これらの事情を斟酌すれば、原告らの精神的苦痛を慰謝する金額としては、原告らについて各々三〇〇万円が相当である。

(7) 弁護士費用           二五〇万円

原告らは上記の損害合計二、七〇〇万円余を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らは任意の弁済に応じないので、原告らは、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、手数料および謝金として請求認容額の各六パーセントを支払うことを約した。原告らは、本訴において、被告らに対し、その内金二五〇万円を請求する。

(五)  原告野口保子は、亡高明の妻であり、原告野口智美はその子であるから、上記(四)(1)の損害を共同相続した。

(六)  よって、原告らは、被告らに対し、各自、上記(四)の(1)ないし(7)の損害合計二、九五〇万七、四七七円とこれに対する本件不法行為発生の日である昭和四八年二月一三日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因事実に対する認否

請求原因事実中、原告主張の日時、被告三浦健一の経営する鮮魚商「三浦丸」において、三浦ふみゑがショウサイフグを購入したこと、亡高明が、同日、原告主張の場所においてフグを喫食したこと、同人が原告主張の日時、場所において死亡したこと、被告三浦健一が被告本間和雄の雇主であることは認めるが、その余の事実は争う。

被告本間和雄が三浦ふみゑの購入したフグを調理した事実はない。また被告三浦邦松は同三浦健一の実父であり、同被告が経営する鮮魚商「三浦丸」の所在する土地、建物の所有者であるという以外に同店とは何らの関係もなく、もとより営業主ではない。

三、被告らの主張

仮に、被告らが、本件中毒事故の発生について何らかの責任を負うとしても、三浦ふみゑは、フグを料理するに当って、毒性のある部分を飲食に供しないよう注意すべきであったのに、これを排除せず食卓に供した過失がある。また亡高明もフグを喫食するに当り、毒性を含む内臓部分を排除すべきであったのに不注意にもこれを喫食した過失がある。従って、損害賠償額を算定するについて、被害者ないしは被害者側の右過失を相当程度斟酌すべきである。

四、被告らの主張に対する原告らの認否

被告ら主張事実はすべて否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、亡高明が、昭和四八年二月一三日、千葉県銚子市川口町に居住する三浦三郎宅においてショウサイフグを喫食したこと、亡高明が、同日午後一一時一六分、同市東町医療法人積仁会島田病院において死亡したことは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、亡高明の死因は、同人の喫食したショウサイフグの卵巣に含まれたフグ毒による呼吸麻痺であることを認めることができる。

以上の事実によれば、亡高明は、三浦三郎宅においてショウサイフグの卵巣を喫食したことが原因となって死亡したものと優に推認することができる。

二、而して、亡高明が三浦三郎宅において喫食したショウサイフグを同人の妻ふみゑが銚子市新生一丁目三六番地所在の鮮魚商「三浦丸」において購入したことは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、

三浦ふみゑは、前同日夕刻ころ、来客の接待のために鍋料理を計画し、その材料を買いに鮮魚商「三浦丸」に赴いたところ、同店頭でショウサイフグを勧められたので同女は右フグを購入することにしたこと、同店では店員の本間和雄が注文されたフグの皮をむき、内臓を取る除毒処理を担当し、同フグの身をビニール袋に入れ、三浦ふみゑに手渡したが、その内容物には除毒処理に際し取残された同フグの卵巣が混入していたこと

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

三、ところで、食品の販売の業務に従事する者は、販売しようとする食品に有毒な物質が含まれているか否かを調査し、無毒なものであることを確認したうえでこれを販売し、もって、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止すべき業務上の注意義務を課せられていることはいうまでもない(食品衛生法一条、四条)。

そして、フグは、内臓その他の組織に強い毒性をもつものが多く、これを喫食して中毒死する者があることは、広く一般に知られているのであるから、鮮魚を販売する者としては、フグの有毒部位を廃棄し、完全に除毒したことを確認したうえでこれを一般消費者に販売すべき注意義務を負っているのであって、このことは条例等によりフグ取扱業者に対し法的規制が行われているか否かによって左右されるものではない。

しかるに、被告本間和雄が、右の注意義務を怠り毒性の強いショウサイフグの卵巣を廃棄せずに三浦ふみゑに売渡した過失により、これを喫食した亡高明を中毒死するに至らしめたことは、すでに認定した事実関係から明白である。

従って、被告本間和雄は、不法行為者として民法七〇九条により亡高明の中毒死によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、被告三浦健一が前記鮮魚商「三浦丸」を経営する者であり被告本間和雄の雇主であることは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、

被告三浦邦松は、もともと「三浦丸」という屋号で、これと同一の名称の漁船三艘を所有し漁業に従事するいわゆる網元であったが、昭和四五年ころ、営業の不振から漁業権を他に譲渡し、昭和四七年ころ、金融機関から三、五〇〇万円を借入れ、肩書住居地の自己所有土地に鉄骨造三階建の店舗兼居宅を建築所有し、長男である被告三浦健一夫婦らと共にその三階に居住していること、同建物の一階では被告三浦健一の主宰で「三浦丸」の屋号を用いる鮮魚商、二階では同被告の妻の主宰で「魚料理三浦」の屋号を用いる飲食店が営まれていること、同建物は、当初より、そこで鮮魚商等の営業を行うことを予定して設計建築されたものであること

以上の事実を認めることができるから、これらの事実関係によれば、被告三浦邦松は、鮮魚商「三浦丸」の営業に関し、被告三浦健一および同本間和雄を実質的に指揮監督しうる立場にあった事実を推認することができる。

そうだとすれば、被告三浦邦松、同三浦健一の両名は、いずれも鮮魚商「三浦丸」の営業主ということができる。そして、本件中毒事故は、同被告らに被用されていた被告本間和雄が同店における鮮魚の販売という事業の執行について前記認定の如き注意義務を怠ったため発生させたものであることが明らかであるから、被告三浦邦松、同三浦健一の両名は、民法七一五条により原告らの蒙った損害を賠償する義務があるといわねばならない。

五、被告らの過失相殺の抗弁について検討する。

被告らは、フグを喫食した亡高明、これを料理し食卓に供した三浦ふみゑの両名にも毒性を含むフグの内臓部分を排除して中毒事故の発生を防止しなければならない注意義務を怠った過失がある旨主張する。

確かに、フグが有毒魚であることは、一般に知られたところなのであるから、消費者が万全の注意を払うことも中毒事故の発生を防止する一つの方法であることに異論はないであろうし、その限りでは本件被害者側に何らかの不注意があったといい得るかもしれない。

しかしながら、フグは除毒することがこれを販売するための条件となっており、しかも、フグの種類、内臓の種別等によって、その毒性の有無、毒力の強弱に個体差が認められるのであるから、一般消費者としてはフグの購入およびその喫食に際し、鮮魚商のフグ毒除去についての知識、判断を信頼すれば足りるのであって、フグの毒性について自らの判断を行使することは原則として要求されないものというべきである。

そうだとすれば、フグを販売しようとする鮮魚商は、その毒性の除去について高度の注意義務を負っているものというべきであり、一般消費者が中毒事故発生の可能性のあることを認識しながら、敢えて、危険を冒してフグを食卓に供し、或はこれを喫食したような特別の場合はともかくも、単に、消費者が自ら購入したフグに有毒な内臓部分が含まれていることを気付かなかったといった程度の不注意を斟酌し、加害者の責任を軽減するのは公平の観念に反するものと考えられる。

そして、本件に現われた事実関係をみる限りでは、本件被害者側に、損害額の算定について考慮しなければならない程度の過失があったと評価することは困難である。

六、そこで、以下、本件中毒事故によって生じた損害について検討する。

(一)  亡高明の逸失利益

≪証拠省略≫によれば、亡高明は、死亡当時三一才の男子で、銚子市所在の株式会社池畑組千葉営業所に勤務し、工事係長の職にあったもので、原告両名を扶養し、年間一三三万九、二〇〇円の給与所得(月額八万四、一〇〇円の給与、年額三三万円の賞与)を得ていたことを認めることができ、さらに、同人は六四才までの三三年間は就労が可能であったと考えられる。そこで、右の事実関係にもとづき、高度の蓋然性をもつと考えられる亡高明の収益を検討すると、同人は右就労が可能な期間、控え目に見積っても前記給与所得を下廻ることのない年収をあげることが出来たものというべきであるから、右期間を通じて年収の三割に当る生活費の支出を余儀なくされるものと推認し、給与所得と生活費の差額について、ライプニッツ式計算法により年五分の中間利息を控除すると、亡高明の得べかりし利益の同人死亡時の現価は次の計算式により一、五〇〇万一、三八三円となる。

1,339,200円×7/10×16.0025(係数)=15,001,383円

(二)  治療費

≪証拠省略≫によれば、亡高明は、本件フグ中毒の応急手当のため前記島田病院において治療を受け、その治療費として七、七〇〇円の支出を要し、これと同額の損害を生じたことを認めることができる。

(三)  交通費

≪証拠省略≫によれば、亡高明の死亡に際し、同人の近親者が熊本県玉名市や東京都内から、原告野口保子の近親者が福岡県北九州市からそれぞれ遺族の付添、葬儀参列等のため銚子市まで往復するなどしたことにより、タクシー料金、航空料金、国鉄料金として合計三七万三、九九〇円を支出した事実を認めることができる。

そして、≪証拠省略≫によれば原告野口保子は夫である亡高明の勤務先の関係から同人らの出身地である九州を離れ、一才余の幼児である原告智美と三人家族で銚子市に居住していたもので、同市付近には頼るべき縁故者もなかった事実を認めることができる。従って、これらの事実関係によれば、亡高明の不慮の死に際し、同人や原告野口保子の近親者が遺族に対する付添、葬儀参列等の目的で銚子市まで赴くことは社会観念上相当であり、これに要した費用は加害者に賠償さすべき損害の範囲内にあるものと解するのが相当である。

(四)  通信費

≪証拠省略≫によれば、亡高明の死亡に伴い、前記認定にかかる九州ないしは東京居住の近親者と銚子市に居住する原告野口保子らとの間に電話による連絡、問合せが行われ、その費用として電話料三万六、五六〇円が支出された事実を認めることができる。

そして、右の費用は、右(三)で説示したのと同様の理由により加害者に賠償さすべき損害の範囲内にあるものと解すべきものである。

(五)  葬儀費用

≪証拠省略≫によれば、亡高明の死亡に伴い、同人の勤務先であり、かつ居住地でもあった銚子市と郷里の熊本県玉名市で葬儀が行われ、その費用として五四万五、六四四円が支出され、これと同額の損害が発生したことを認めることができる。

(六)  慰謝料

亡高明が本件中毒事故によって死亡したため蒙った原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては、前記認定にかかる事故の態様、亡高明の年令、家族関係等の本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告らについて各三〇〇万円が相当である。

(七)  要約

≪証拠省略≫によれば、原告野口保子は亡高明の妻、原告野口智美はその子であり、他に相続人のないことを認めることができるから、原告らは、前記(一)認定にかかる亡高明の逸失利益をその法定相続分に応じて承継取得したことになる。

さらに、弁論の全趣旨によれば原告らは前記(二)ないし(六)認定にかかる各損害額の二分の一に当る金額を被告らに対し請求するものであることが明らかである。

そうだとすれば、原告野口保子の損害は別表記載のとおり合計八四八万二、四〇八円、原告野口智美の損害は合計一、三四八万二、八六九円となる。

七、≪証拠省略≫によれば、原告らは、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、手数料および成功報酬を支払う旨を約した事実を認めることができる。そこで、すでに認定したような本件中毒事故の態様、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告らに対し負担さすべき弁護士費用は、手数料、成功報酬をあわせて、原告ら各々について一一〇万円とするのが相当である。

八、従って、被告らは、各自、原告野口保子に対し六項(七)に掲記の損害金合計額に右弁護士費用を加えた総計九五八万二、四〇八円、原告野口智美に対し六項(七)掲記の損害金合計額に右弁護士費用を加えた総計一、四五八万二、八六九円およびこれらに対する本件中毒事故発生の日である昭和四八年二月一三日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告らの本訴請求を右の限度において正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上廣道)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例